本文
埼玉県秩父市久那(くな)に位置する「岩谷山 久昌寺(いわやさん きゅうしょうじ)」は、秩父三十四観音霊場の第25番札所です。
緑豊かな里山の麓、静かに水をたたえる「弁天池」のほとりに佇むこのお寺は、別名「御手判(おてはん)の寺」として全国の巡礼者に広く知られています。あの世の裁判官である「えんま大王」から授かったとされる極楽往生の通行手形(御手判)にまつわる不思議な伝説が遺されており、今も多くの人々が死後の安心と現世の安穏を願って参拝に訪れます。
四季折々の豊かな自然と、深く神秘的な歴史ロマンが融合した、心が洗われるような時間を過ごせる名刹です。
歴史と由来 (History and Origins)
久昌寺の創建の正確な年代は、古い古文書が失われているため定かではありませんが、室町時代の長享2年(1488年)の札所番付にその名が記載されていることから、きわめて長い歴史を持っています。
江戸時代には、数々の歴史的な戦火や諸難を乗り越え、地域の人々の篤い信仰によって大切に支えられてきました。現在の観音堂(本堂)は天保年間(1830〜1844年)に再建されたもので、素朴ながらもどっしりとした風格を保っており、秩父の巡礼文化を現代へと伝える貴重な文化的遺産です。
教え (Teachings of the Ritsu Sect)
久昌寺は、第24番札所「法泉寺」などと同じく、禅宗の一つである曹洞宗(そうとうしゅう)に属しています。大本山は福井県の「永平寺」と横浜市の「總持寺」です。
曹洞宗の教え:只管打坐(しかんたざ)
特別な見返りや理由を求めず、ただひたすらに姿勢を正して座る(座禅をする)姿そのものが「仏」の姿であると考えます。日々の生活のすべての営み(食事、掃除、挨拶など)を真摯に行うことも、すべて大切な修行であると説いています。
本尊は「聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)」です。
一尺二寸(約36cm)の室町時代の作とされる木彫りの立像で、お堂の奥に静かに安置されています。えんま大王の厳しい審判から、人々の苦しみや後悔の声を汲み取り、深い慈悲の心で極楽へと救い上げてくださる仏様として、古くから篤い信仰を集めています。
言い伝えと伝説 (Legends and Folklore)
久昌寺が「御手判の寺」と呼ばれるようになった背景には、死後の世界(冥土)にまつわる大変興味深い霊験話が遺されています。
昔、この久那の地に住んでいた信心深い人物が、ある日突然重い病に倒れ、そのまま息を引き取ってしまいました。その魂は冥土へと旅立ち、恐ろしいえんま大王の前に引き出されます。えんま大王は生前の行いを厳しく裁こうとしましたが、その人物が日頃から観音様を篤く信仰し、真面目に暮らしていたことを知ると、表情を和らげました。 そして、「お前の深い信仰心に免じ、極楽へと行くことを許そう。これを現世へ持ち帰り、人々に観音信仰の大切さを伝えよ」と言い、極楽往生を証明する「御手判(手形を押した木判)」を授けました。
ハッと目が覚めると、その人物は奇跡的に息を吹き返しており、その手にはえんま大王から授かった本物の御手判が握られていたといいます。この御手判は現在もお寺の宝物として大切に保管されており、参拝の際にそのレプリカを自分の衣服や納経帳に押してもらう(御手判をいただく)ことで、死後に迷わず極楽へ行けるという強い信仰が今も続いています。
見どころと境内案内 (Highlights and Precinct Guide)
美しく水をたたえる「弁天池」 お寺の入り口には、広大な「弁天池」が広がっています。夏には美しいハスや睡蓮(スイレン)の花が咲き誇り、池に映る緑の山々がまるで一幅の絵画のような美しさです。池のほとりには、芸事や財運の神様である弁財天を祀る小さなお堂も建っています。
端正な「観音堂(本堂)」 弁天池から参道を進むと、江戸時代後期の端正な観音堂が建っています。三間四方の木造建築で、長い歳月を経て味わいを増した木組みが、禅寺らしい引き締まった美しさを放っています。
えんま大王像と御手判の朱印 観音堂内や境内の一角には、伝説にちなんだ「えんま大王」の像が祀られており、厳しくもどこか温かみのある表情で巡礼者を見つめています。また、納経所(御朱印の受付)では、えんま大王の御手判を再現した特別な朱印をいただくことができ、巡礼者に大人気となっています。
歴史を伝える石仏群と豊かな自然 境内には、長い年月を経て風化した味わいのある石仏や巡礼供養塔が静かに並んでおり、春の桜や新緑、秋の紅葉など、四季折々の秩父の自然と見事に調和しています。
アクセス情報 (Access Information)
住所:
〒368-0053 埼玉県秩父市久那2215
公共交通機関:
- 西武鉄道「西武秩父駅」から、西武観光バス「久那(くな)ゆき」に乗車、約15〜20分。「札所二十五番」バス停で下車後、徒歩約3分。
-
(第24番札所「法泉寺」から徒歩で巡礼する場合、南へ向かって約30〜40分、約2.2kmののどかな里山ルートです)
-
車でのアクセス:
- 関越自動車道「花園IC」から国道140号・皆野寄居有料道路を経由して約45分。
駐車場:
- 境内の手前(弁天池の近く)に、参拝者用の無料駐車場があります(約15台分)。
周辺の観光・食事処 (Nearby Attractions and Dining)
秩父札所第26番 万松山 円融寺(えんゆうじ): 久昌寺の次に巡る第26番札所。ここからさらに南へと進むルートになります。岩谷の絶壁に建つ「奥の院・岩井堂」が見どころの、ダイナミックな山岳霊場です。
秩父ミューズパーク(南口・スポーツの森エリア): 久昌寺の背後に広がる丘陵の上の広大な公園。南口エリアには、広大な自然散策路や休憩施設があり、ドライブの立ち寄りスポットとして最適です。
久那周辺の里山風景: 久昌寺のある久那地区は、荒川の支流が流れる自然豊かなエリアです。初夏にはホタルが舞うことでも知られており、のどかな里山ウォーキングをゆったりと楽しめます。
地元の「わらじかつ丼」・そば処: 久那地区や近くを通る幹線道路沿いには、秩父名物の「わらじかつ丼」や、コシの強い「手打ち蕎麦」を提供する地元の食堂があります。参拝の合間に味わう秩父の味覚は格別です。

