

香ばしい「釜香(かまか)」に心奪われる。標高日本一クラスの茶産地・五ヶ瀬と高千穂の魅力
神話の里・高千穂と天空の茶畑・五ヶ瀬が守り継ぐ、幻の「釜炒り茶」
九州のほぼ中央、宮崎県の北西部に位置する「高千穂町(たかちほちょう)」と「五ヶ瀬町(ごかせちょう)」。天照大神(あまてらすおおみかみ)の神話が息づく荘厳な高千穂の渓谷と、標高1,000mを超える九州山地の急峻な山々に抱かれた五ヶ瀬の風景は、まさに天空の秘境と呼ぶにふさわしい神秘的な美しさを放っています。
実はこの山深い地域が、日本茶の歴史において非常に特別で、そして極めて希少な存在であることをご存知でしょうか。日本で作られる緑茶の「わずか1%未満」しか作られていない幻のお茶、「釜炒り茶(かまいりちゃ)」。高千穂町と五ヶ瀬町は、この釜炒り茶の生産量において日本一を誇る、知る人ぞ知る名産地なのです。
今回は、雲海たなびく神々の里でひっそりと、しかし情熱的に守り継がれてきた極上のお茶の世界へご案内します。
1.悠久の時を越えて。大陸から伝わった「釜炒り茶」の歴史
私たちが普段よく口にする日本の緑茶(煎茶など)は、摘み取った茶葉を「蒸気で蒸して」作られます。しかし、高千穂・五ヶ瀬地域に根付く「釜炒り」という製法は、鉄釜で直接茶葉を「炒る(焼く)」ことで作られます。
この製法は、15世紀頃(室町時代)に中国大陸から九州へと伝わった最も古いお茶の製法の一つと言われています。急峻な山々に囲まれ、外部との交流が限られていたこの山間地では、時代が移り変わり全国的に「蒸し茶」が主流になっても、昔ながらの釜炒りの技術が大切に受け継がれてきました。各農家の庭先で、鉄釜を使ってお茶を炒る風景は、この地域の古き良き原風景でもあります。
2.天空の茶畑。お茶の命を育む過酷で豊かな山間地の風土
標高500mから、高いところでは1,000m付近にも達する五ヶ瀬町や高千穂町の茶畑。ここは「天空の茶畑」とも呼ばれ、お茶の栽培には決して楽な環境ではありません。
冬には雪が降り積もり、春先になっても遅霜(おそじも)の危険と隣り合わせです。しかし、この「厳しい寒さ」と「昼夜の激しい寒暖差」こそが、最高品質のお茶を生み出す魔法となります。夜の厳しい冷え込みから身を守るため、茶葉はゆっくりと時間をかけて成長し、葉の中にたっぷりと養分と甘みを蓄えこむのです。さらに、眼下に広がる深い雲海が適度な潤いを与え、澄み切った山の空気が茶葉を清らかに育て上げます。
3.黄金色の水色と「釜香(かまか)」に酔いしれる
山の恵みを一身に受けた茶葉から作られる釜炒り茶は、一般的な煎茶とは見た目も味わいも大きく異なります。
まず目を引くのは、その「水色(すいしょく:お茶を淹れた時の色)」。煎茶のような緑色ではなく、透き通った美しい「黄金色(こがねいろ)」をしています。 そして最大の魅力は「釜香(かまか)」と呼ばれる独特の香りです。口に含んだ瞬間、まるで炒りたてのナッツや、ほんのりおこげを思わせるような、香ばしくも甘く爽やかな香りがスッと鼻へ抜けていきます。蒸し茶に比べて渋みや苦味が少なく、喉越しは驚くほどスッキリ。何杯飲んでも胃に優しく、飲み飽きないのが特徴です。
また近年、五ヶ瀬町ではこの寒冷な気候を活かした「和紅茶(国産紅茶)」や「烏龍茶」の生産も盛んに行われており、品評会で日本一に輝くなど、その高い品質が世界中から注目を集めています。
4.職人の勘と情熱。300度の灼熱の釜と向き合うお茶づくり
釜炒り茶の製造工程は、まさに職人技の結晶です。
摘み取られたばかりの新鮮な茶葉は、約300度にも熱せられた巨大な鉄釜に投入されます。ジュワッ!という音とともに立ち込める湯気と濃厚な香り。茶葉が焦げないよう、しかし中までしっかりと火が通るよう、職人は釜の温度と茶葉の水分量を五感で感じ取りながら、瞬時の判断で炒り上げていきます。 その後、何度も揉みながら乾燥させることで、茶葉は丸みを帯びた「勾玉(まがたま)」のような独特の形状(ぐり茶)へと変化していきます。少しの油断も許されないこの過酷な工程が、あの素晴らしい「釜香」とクリアな味わいを生み出しているのです。
釜炒り茶の「香り」を最大限に楽しむために
神話の里・高千穂と天空の茶畑・五ヶ瀬が育んだ釜炒り茶。その最大の魅力である「香り」を楽しむためのヒントをご紹介します。
釜炒り茶を淹れる際は、一般的な煎茶よりも「少し高めの温度(80度〜90度)」のお湯を使うのがおすすめです。高い温度でサッと淹れることで、香ばしい釜香がより一層引き立ちます。抽出時間は短め(1分弱)で、最後の一滴まで注ぎ切ってください。 お気に入りのお菓子と一緒に楽しむのはもちろん、そのスッキリとした後味は、脂っこい食事の最中や食後のお茶としても最適です。
山の澄んだ空気と、職人の情熱がたっぷり詰まった黄金色の雫。ぜひ一度、この希少な釜炒り茶を急須で淹れて、立ち上る香りの奥に広がる宮崎の美しい山並みを想像してみてください。